涙を流しながら「心が丈夫やわ」と言ったおばあちゃんの話

2026.06.08

心と身体は鏡合わせのような存在です。

心がドキドキときめけば、胸が苦しくなり呼吸が乱れる。
身体に力が入れば、心にも緊張感は生まれる。

心と身体は常に共鳴し合っています。

人の笑顔と、「大丈夫」という言葉はとても不思議です。
最近あるおばあちゃんの涙を見ました。

その方はいつもニコニコと可愛らしく笑う方でした。

そんなおばあちゃんが、
先立たれたご主人の写真を眺めながら涙を浮かべていたのです。

そして
「こうしていると心が丈夫やわ。」
と言って涙をポロっとこぼしながら、とても穏やかな表情で笑っておられました。

 
喉が詰まるような涙じゃない。
肩の力が抜け、呼吸が深くなる。
 
涙を流しているのに
「心が丈夫」と言った。
 
部屋には緊張のない
優しい時間が流れました。
 
 
 
 
私たちはよく「大丈夫」という言葉を使います。

けれども本当に「心が丈夫である」という意味で使う人は少ないかもしれません。

 
私自身もよく使います。

20代の頃の「大丈夫」は
「柔軟に対応します」という意味で使っていました。

視野を広げたい。
経験を増やしたい。

そんな思いから
何でも「大丈夫です」と答えていました。
 
けれども30代に入ると、少し変化があり、
柔軟性と芯にズレを感じるようになったんです。
 
おばあちゃんの言葉を聞いた時、
芯とは頑固さではなく
「心が丈夫でいられる方を選ぶこと」

なのではないかと思いました。

だから本当の意味で
「大丈夫」になれるのかもしれません。

 
柔軟性。

芯。

そして頑固さ。
 
 
その絶妙なバランスも
呼吸のように揺れ動くものなのかもしれません。
 
10代の頃の私が使っていた「大丈夫」は、弱さを隠すための強がりでした。

人の笑顔も
人の「大丈夫」も

よく見ると奥が深い。

自分を鼓舞するための「大丈夫」は、
肩や背中に力を入れ、身体を緊張させます。
 
でも、

「もう大丈夫」

と自分に許可を出せた時

緊張はほどけ、
身体はゆるみ、
心が自由になる。
 
心と身体は、いつも同じ方向を向いているわけではありません。
だから、たまには身体の声にも耳を傾けながら

今の「大丈夫」が、

強がりなのか。

柔軟性なのか。

それとも心が丈夫でいられるためのものなのか。

そんなことを考えてみるのも良いのかもしれません。

「大丈夫」という一つの言葉にも、

いくつもの意味が隠れているのですから。

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