嫌なことがあった日。
やる気が起きず、身体が動かない。
落ち込み、同じ事を何度も思い返し、自分の言葉で自分を傷つけながら、悲しみの中に沈んでいく。
「なぜ、あんなことを言われたんだろろう」
「私が悪かったのかもしれない」
「あのとき、こう返せばよかった」
考えるほど答えに近づくんじゃない。
考えるほど、同じ場所で傷つき続ける。
そんなとき、心の奥から無理やりにでも引っ張り出す。
何クソ。
そして、その感情を誰かへぶつけるのではなく、
走る。ジャンプする。持ち上げる。踏ん張る。
悲しみの中で自分を傷つけていた力を、自分を動かす力へ変えていく。
これは、悲しみや怒りを消す方法ではないけれど、
感情を何かを壊さない形で使う、ひとつの方法です。
Contents
悲しみは身体を止め、怒りは身体を前へ向かわせる
悲しみと怒りは、どちらも辛い感情。
けれど、身体に起こす反応は同じではありません。
悲しみが深くなると、身体は小さくなり、視線は落ち、動く気力も失われていく。
一方、怒りは障害へ近づき、押し返し、状況を変えようとする「接近」の性質があります。
腹が立つと、心拍が上がる。呼吸が変わる。筋肉に力が入る。
身体はすでに、何かに対処する準備を始めています。
だから「何クソ」と思うことは、悲しみを否定することではない。
沈んで動けなくなった身体に、前へ向かう力を呼び戻すことでもあるのです。
怒りの矛先を、相手にも自分にも向けない
怒りには力があります。
怒るべき時には、牙を見せる。
嫌なことには嫌だと言い、自分の境界を守るために使う。
けれど、すべての怒りをその場で相手へ返せるわけではない。
関係を守るため。
仕事を続けため。
今は言葉にしないほうがいい。
と、自分で判断する事もある。
そんなとき、歯を食いしばって耐え続けるだけでは、頭の中に行き場のばい反芻が残ります。
そこで、怒りの矛先を、誰かや自分を傷つけることではなく、筋肉を使う行動へ向けてみる。
走る。漕ぐ。飛ぶ。踏ん張る。持ち上げる。
「あと10回」
「あと…1回」
を、自分で選んでやり切る。
自分では変えられない出来事から、自分で決めて動かせる身体へ意識を戻していく。
それは、怒りに任せて物を殴ることではなく
相手への攻撃の気持ちを育てるのでもない
高まった覚醒を、目的のある運動へ向け直すもの。
「何クソ」で、本当に力は出るのか
怒りを感じたとき、誰でも必ず強くなるわけではないけれど。
それでも、怒りによって一時的な運動出力が高まる可能性は研究でも示されています。
2009年の実験では、怒りを誘導するイメージを用いたあと、幸福感や中立的な状態と比べて、脚を伸ばす時の最大筋力が高くなりました。
一方、2020年に行われた2マイル走の実験では、参加者全体に効果がみられたわけではありません。
比較的走るのが遅かったグループでは、怒りを誘導した条件でタイムが短くなりましたが、早いグループでは差がありませんでした。
怒りが運動の力になるかどうかは、人や状況によって変わります。
高まった身体の覚醒を、動く力として使えることがある。
ということです。
身体を使うほど、反芻する余白がなくなっていく
嫌な出来事を頭の中で何度も再生し続けることを「反芻」と言います。
反芻している間、身体は止まっていても、頭の中では同じ出来事への対処が終わっていません。
筋トレ中は、重さを支え、姿勢を保ち、呼吸し、回数を数える必要があります。
身体を動かすことへ意識が向いていくと、同じことを考え続ける余白が少しずつなくなっていく。
嫌な記憶や消えることはないけれど、
それでも少なくとも運動している間は、頭の中だけで自分を傷つけ続ける状態から、一旦身体へ戻ることが出来ます。
身体が先にスカッとし、頭が後から楽になる。
自分の限界近くまで身体を使っている最中は、むしろ苦しい。
筋肉は重く、息はきれ、「もう無理」と感じる。
ところがやり切った後、身体の内側に妙な爽快感が広がることがあります。
疲れている。身体も重い。
それなのに、スカッと気持ちいい。少しハイになる。
強い負荷から解放された安堵、やり切った達成感、そして運動によって変化する内因性カンナビノイドや内因性オピオイドなど、複数の働きが重なった「運動後の高揚感」に近い物です。
長距離走の人の脳を調べた小規模研究では、運動後に高揚感が増し、その強さと脳内のオピオイド系の働きに関連が見られました。
また別の研究では、運動後に内因性カンナビノイドが増え、気分の改善と関連していました。
嫌な感情が消えるわけでも、問題が解決するわけでは無いけれど、
身体が先にスカッとしたら、その快感に引っ張られるように、頭も嫌な出来事から少し離れていく。
身体の高揚感と達成感が一時的に大きくなり、嫌な出来事が心を占める割合が下がる。
そのとき「今はもういいか」と思える余白が戻ってくる。
怒りは「発散」されるのか
感覚としては、「溜まっていた怒りを身体から放出した」に近いと思います。
けれど科学的には、怒りという物質が筋肉から排出されるわけではありません。
怒りによって高まった覚醒が運動へ使われ、注意が思考から身体へ移り、さらに高揚感や達成感が加わることで、心身の状態が変わります。
つまり、感情を消したというより、感情の使い道を変えたのです。
反芻しながら自分を傷つけるために使っていた力を、持ち上げるための力へ。
耐え続けるために固めていた身体を、動き、汗をかき、終わらせられる身体へ。
これが、「何クソ」を筋肉に変えるということなのかもしれません。
怒るべきときには牙を見せ、沈めるときには使い切る
怒りを扱うとは、何も感じない顔で我慢することではない。
怒るべきときには、牙を見せる。
自分を守るために、言葉にする。断る。距離を取る。
そして、今は表に出さないと決めた怒りは、歯を食いしばって身体の中へ閉じ込め続けるのではなく、誰も傷つけない形で使う。
持ち上げる。走る。踏ん張る。
ただ耐えるのではなく、自分の意思でエネルギーの行き先を選び直す。
それが、怒りを我慢するのでも、誰かにぶつけるのでもない、もう一つの扱い方です。
動いたあとは、回復まで終わらせる
「何クソ」のまま激しく動けば、身体は強く興奮します。
だから、運動だけで終わりではありません。
使った筋肉をゆっくり動かし、呼吸を整え、身体を興奮から回復へ戻していく。
特に夜は、激しい運動のあとも心拍や体温が高いままだと、寝つきにくい人がいます。
クールダウンや入浴、ストレッチ、ボディケアなどを、自分の身体の反応に合わせて取り入れてください。
動いて、使い切る。
ほぐして、緩める。
そして、よく眠る。
睡眠中、脳はその日に得た情報や記憶を整理し、感情を伴う経験も処理していきます。
翌朝、同じ出来事を昨日とは少し違う距離から眺められることがあります。
感情は使い道を選び直すことができる。
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BAKU・寝より
運動したあとも身体の力が抜けない。背中や首が緊張したままで、頭だけが働き続けてしまう。
そんなときに必要なのは、さらに頑張ることではなく、「興奮を終わらせる時間」かもしれません。
BAKU・寝では、身体の深部へ届く圧と、神経の反応を利用した力を加えないアプローチを組み合わせ、呼吸しやすく、眠りへ向かいやすい身体づくりをお手伝いしています。
動くことも、緩むことも、眠ることも、すべて回復の一部です。
※怒りが強すぎて自分や他人を傷つけそうなとき、気分の落ち込みや反芻が長く続くときは、運動だけで抱えず、医療機関や相談窓口を頼ってください。また、痛み・めまい・胸の苦しさなどがある状態で、無理に限界まで運動することは避けてください。
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参考文献
1. Woodman T, et al. Emotions and Sport Performance: An Exploration of Happiness, Hope, and Anger. Journal of Sport & Exercise Psychology. 2009;31(2):169–188.
https://journals.humankinetics.com/view/journals/jsep/31/2/article-p169.xml
2. Giles GE, et al. When Anger Motivates: Approach States Selectively Influence Running Performance. Frontiers in Psychology. 2020;11:1663.
https://www.frontiersin.org/journals/psychology/articles/10.3389/fpsyg.2020.01663/full
3. Brellenthin AG, et al. Endocannabinoid and Mood Responses to Exercise in Adults with Varying Activity Levels. Medicine & Science in Sports & Exercise. 2017;49(8):1688–1696.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28319590/
4. Basso JC, Suzuki WA. The Effects of Acute Exercise on Mood, Cognition, Neurophysiology, and Neurochemical Pathways: A Review. Brain Plasticity. 2017;2(2):127–152.
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5928534/
5. Schmitter M, et al. Working it out: can an acute exercise bout alleviate memory bias, rumination and negative mood? Cognitive Behaviour Therapy. 2023;52(3):232–245.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36779437/
6. Boecker H, et al. The runner’s high: opioidergic mechanisms in the human brain. Cerebral Cortex. 2008;18(11):2523–2531.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/18296435/



